世の中には「やりたい仕事」と「やりたくない仕事」しか存在せず、そして、「やりたい仕事」は「やりたくない仕事」の経験を抜きには存在できない、この事実を踏まえると、「自分探し」の旅の地図は、単純明快である。「やりたいこと、興味のあることを、何も考えず片っ端からやりまくる」これだけである。この非効率にこそ、真の効率が存在する。
実際やってみて、それが「やりたくない」「向いてない」ということが分かっても、それは、「やりたいこと」を支える無駄であり、「自分」という枠組みの一部を構成する、無くてはならない、欠片である。だから、「本当の意味での無駄」は存在しようがない。
つまり、
「人生は、遠回りしても良い」
ではなくて、
「人生は、遠回りしなければならない」
のである。
なんとなく頭では理解していても、やっぱり隣の芝は青くなかったという時は、時間を無駄にしたと落ち込んでしまいがちです。でも、それがあるからこそ、自信を持って今の自分を肯定できるわけですね。でも、そう考えてみると、まだまだ世の中にはやりたいことがありすぎて、何だかぜんぜん満足できそうにないです。いったいいつになったら己を知ることができるのでしょうか。
on お知らせ&気づき 投稿者 shintaro : December 6, 2004 05:23 AM多分、「自分にも寿命があり、いつか死ぬんだ」というのを感じたときじゃないでしょうか。
人生が有限であることを知り、選択と集中が生まれるのではないかな。
Posted by: いっと : December 10, 2004 02:11 PM>いっとさん
コメントありがとうございます。なるほどですね。確かに僕は人生が有限であるという実感がほとんどないと思います。逆に、あまりそう考えたくないのかもしれません。